Amsterdam Club Report




SOUL KITCHEN

Amstel Straat 32 Amsterdam. Tel 620-2333


麻にしろ酒にしろ薬物の眠りは死に近い。
昨夜の効き目がまだ残っているようだ。
周囲の物が光り輝いて見える。
鼻梁を弄ぶマリファナの匂い。
虚ろな眼差しの男と女。
優雅な倦怠感。偽りの安らぎ。
あたり一面に漂う芳しい大麻の香り。
際立った臭気の中で、まわりの全ての景色が蜃気楼のように霞んで見える。
不器用に巻かれた太めのジョイント。
シャーロック・ホームズが愛したという知性の妙薬。
大きく息を吸い込んで煙を肺の奥まで入れる。
喉がひくつくまで耐えて鼻から吐く。
脊髄を波動が走る。
毛穴の一つ一つが敏感に縮小し、鳥肌が立つ。
くもっていた意識がクリアになり、瞼の裏で白い光がスパークする。
ネーダーウィ−ド。
オランダ産の極上のハシシ。
この街にはイカれた野郎共が多すぎる。

「一本、吸わせてくれないか」
妙に馴れ馴れしいよく通る声が耳に入ってきた。
テーブルの目の前にはいつのまにかヒッピー風の兄ちゃんが座っている。
腕から手首にかけて巨大な龍のタトゥー。
隆起した胸板の上に黒の革ベスト。
英国プレミヤリーグのMF、デビット・ベッカムに似ていなくもない。
一見男前だが、視線が定まらないまま宙を泳いでいる。
手に入れたばかりのペーパーと草を差し出すと、慣れた手つきでクルクルッと巻き上げる。
「あんた、日本人かい。あの国じゃ大麻持ってるだけで死刑になるんだろ?」
「いや、それはマレーシアのことさ。日本じゃ死刑にならない。前科がつくだけさ」
男は片手にジョイントを燻らせたまま、さげすんだ視線を投げかける。
「でもよ、たかがマリファナごときで牢屋に入るなんて信じられねーよな」
納得がいかないという表情。だが、口元は微かな笑みが浮かんでいる。
「ところでお前さん、今夜はどこのクラブへ行くんだい?」
「別にきまっちゃいない。これから探すところなんだ」
「昨日のTIMEへはいったかい?」
「いや、あそこは追い返されたんだ。入場制限があって」
含み笑い。口から大量の煙を吐き出しながら呟く。
「フン、その服装じゃあな」
カチンとくる。余計なお世話だ。
半年前にバンコクで購入したヨレヨレのTシャツ。色褪せたジーンズ。
服装に金をかける余裕なんてない。
「今夜はケリーだぜ」
「ケリーって、あのケリ・チャンドラーのことかい?でも、それなら来週の日曜の筈・・・」
「フフ・・ シークレットギグさ。急遽決まったんだ」
「しかし・・・この格好で入れるのかい?」
「フフ・・・駄目に決まってるだろ!いや、ジョークさ。ノープログレム!」
アムス最大のコーヒーショップ、ブルドック。
土曜の夜、閉店間際になるとクラブへ行く人間でごったがえす。
オールナイトで行われるパーティに定刻スタート時間に行っても暇を持て余すだけだ。
深夜2時近くまでそこいらで時間を潰し、翌朝のアフターアワーズまで体力を温存しておく。
パーティのピークはいつも午前4時過ぎと決まっているからだ。
カフェで知り合った男の名前はラルフ。
ワタシと同じように世界中を旅しているドイツ人のバックパッカーだ。
意気投合し、彼の仲間と一緒にクラブへ。

ケリー・チャンドラーの生のプレイを聴くのは何年振りだろう。
彼がアムスで回すなんて情報は、もちろん知らなかった。
この偶然は、なにか運命的なもののようにも思えた。
ワタシにとってケリチャンは、モラレスと共に理屈抜きに感情移入できる数少ないDJの一人だからだ。
しかも、アムスという絶好のロケーション。最高の夜になりそうな予感。
ハコはMORE。近くにはあの有名なアンネ・フランクの家がある。
いきなり、入り口のセキュリティ・チェックのところで引っかかった。
「今夜はゲストメンバーのみの入場になっております」
やけに威圧的なドアマンの低い声。
眉間に皺。レスラーのような巨体。
一人で行ったら諦めて帰ってしまったかもしれない。
だが、ラルフが流暢な英語で交渉する。
しばらくして中から大柄な女性が登場した。
どうやら知り合いらしい。OKの返事。
やった!おまけにゲスト枠で入れる。25ギルダーがタダだ。ラッキー♪

まさしく鬼気迫るプレイだった。
夜の10時から、明方の10時までケリーのワンマンショー。
フライヤーにもクレジットされているNY直送の12アワーズセット。
我々が入場したのは午前3時を回っていたが、フロアはまさにあるピークに達しようとしていた。
張り詰めた緊張感が、DJのみならずクラウドにも伝染している。
ケリーはいつもプレイの最中に笑顔を見せることはない。
歓声をあげる聴衆を尻目に黙々とミックスをこなしていく。
その頑なな表情はDJというよりも、むしろ求道者といった趣きだ。
かってマイケル・ジャクソンのリミックスのオファーを自分のテイストではないと断ったのは有名すぎる話だ。
イカれた野郎ケリー。頑固者のケリー。
もしかしたら今ごろは超売れっ子リミキサーとして、世界的な成功を手中に収めていたのかもしれないのに。
だが、彼にとっては音楽とは、音楽を糧とする仕事に携わっていることも含めて、
そんな世俗的な栄誉とはまっこうから相反する、極めて神聖なものとして位置づけられているのだろう。
ターンテーブルを回す仕事を一つとっても、職人としてのプライドが滲み出ているようだ。
DJ=クリエイターという姿勢を彼ほど強く意識しているアーチストを私は他に知らない。
以前、インタビューで海外のDJ出張の折には必ずカートリッジを数本持参していくと答えていた。
世界にDJ数多しといえど、今どきここまで自分の音にこだわりを持っている男も珍しい。
今回も期待を裏切ることなく、思いっきり踊らさせてもらった。
「イエ―イィィィィィィ!!!!サ・イ・コ―だぜ!ケリー!」
余談だが、もしワタシが女だったら間違いなくケリーに惚れてしまっていただろう。
ニュージャージーの家まで追っかけていってしまったかも知れない。

さて、ドイツ人のラルフであるが、奴もまたイカれた野郎に違いなかった。
なにしろ毎日50ギルダー以上の金をドラックにつぎ込んでいるのだ。
たまにキマりすぎて呂律がまわっていないこともある。
「アムスのクラブのことならまかせなよ」
それが奴の口癖だった。
だが、その台詞が決してウソでも誇張でもないことはすぐにわかった。
飾り窓、コーヒーショップ、穴場のクラブはいうに及ばず、会員制のSMクラブや裏売春組織まで、
何処に何があるか、全てを知り尽しているかのようだった。
まるで自分の生まれ育った街のように、アムスのありとあらゆる事情に精通していた。
ドイツ人は旅に出る際に、渡航先の情報を徹底的に調べるという。
なるほど、典型的な正真正銘のゲルマン民族だ。
まるで歩く裏カイドブック。
オレだけでなく他のバックパッカ-の連中にも一目置かれていた。
「ここに3ヶ月も居れば誰でも詳しくなるさ」
そういって奴はウインクしながら笑った。
しばらくベルリンに滞在し、その後はアジア周遊だとはりきっていた。
半年後、日本で遭おう。そう約束した。
だが、再会はかなわなかった。
一ヵ月後、ラルフはオーバードーズで死んだのだ。

アムスで暮らし始めて数日で日付の観念が消えた。
ここでは時間の逆転でさえも容易に起きる。
過去に体験した幾つかの衝動が生々しく蘇る。
悲しみ、焦り、怒り、喜び、失われつつある記憶の断片、
封印していたはずの感情がこみ上げてくる。

ナッシング・バット・ザ・ブルース。
いつのまにかBGMはマディ・ウォターズに変わっている。
歓声をあげるクラウド。
午前4時。SOUL KITCHEN
ゲストハウスの鍵はまだ閉まっている。
今夜もまた、ここで夜を明かすことになりそうだ。

 

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